徒歩日本縦断が終わりバイクで秋の北海道を旅したあと
個人経営でやっているカー用品ショップ(タイヤとエアロ)の店員ではあるけれど比較的スムーズに社会復帰する事ができた。
工場勤務と違い同僚は車好きの同年代ばかりだし「まぁこういうのも悪くないな…もう旅はいいか…」とも思い始めていた。
そうして一年位が過ぎた。
ところが大型激安店の地域開店の打撃を受け零細企業はいとも簡単に倒産…つうか社長が負債抱えたままとんずらしてしまいかろうじて入っていた雇用保険のお世話になる事に…
しかしここが旅人の馬鹿な所。
俗にいう失業保険ツーリングを敢行する事になってしまった。(2週間ごとに帰らなければいけないが…)
しかし屋久島や九州を旅して壱岐に向かうのに山陰を走行中バイクが焼き付いてしまい旅の継続が不可能になり結局は途中帰宅と相成った。
帰宅すると一通のハガキが友人からきていた。(今の時代と違いEメールはない)
それによるとボランティアではあるがなにやら子供等と長期間バックパッキングするにあたり徒歩旅経験のあるスタッフを求めているらしい。
バイクが壊れた事による予定外の帰宅で転がり込んできたこの話…
偶然か?
必然か?
ともかく自分の経験が役に立つならと思い参加する事にした。
そのボランティアにはまだ日にちや時間がだいぶあるのでバイクもなくなった事だしソレのウォーミングアップも兼ねて徒歩日本横断を敢行する事にした。コースは糸魚川→諏訪分水嶺→浜松とフォッサマグナに沿ったものだ。
実はこの旅は全く記録が無い。
一枚の
写真すら無いのだ。
距離的には500kmくらいあるんだろうけど楽しくも無く辛くも無く、だだ新調した靴が足に合わず痛かったのだけは強烈に覚えている。またザックをグレゴリーのフレーム式に替えた。コレの方はかなり具合が良かった。総重量が重くても腰や背中が痛くなる事は無くバックパッキングに求められるバランスや重心位置は登山のソレとは全く違う事を痛感した。
そんな感じで徒歩日本横断をしたあとボランティア開始までにバイトで小銭稼ぎをして1996の夏にそいつは始まった。
一人ではない旅…
他の人が決めたコンセプトのある旅…
実はコレが精神的に非常にキツい旅になる事はこの時は知る由も無かった。