東京出張帰りの飛行機は
平日15時羽田発という微妙な時間なので、機内はガラ空きだった
座席に腰を下ろして、フライトの間寝てやろうと目論んでると
スタスタスタスタ…
190cmはあろうかという、背の高い、しかし痩せてて目つきの鋭い外国人が
僕の前にどっかと座った
ヒー、ルックライク…
アラブ系
人を見た目で判断してはいけません、重々承知しております
決して人種でどうのこうの思ってるわけではありません
が、胸騒ぎが
少し前に起きた、アメリカでのテロ未遂事件が脳裏をよぎる
横にいた乗客がとっさに飛びかかり、爆発物を取り上げて消火して、大惨事に至らなかったとか
ガラ空きの機内、その列にはラディンさん(仮名)一人だけ
とっさに飛びかかれるのは、真後ろの僕だけです
世界の平和は僕の双肩にかかっているのかもしれない
そう思うと、口はカラカラ、掌は汗でビッショリ
フライト前、乗務員がやってくるとラディンさんは流暢な日本語で話しかけ
寒いから毛布をくれ、と
む…その毛布は、手元を隠すためではあるまいな
いや、先入観を持ってはいけません
また乗務員に話しかけ、今度は機内誌が汚れてるから取り替えてくれ、と
む…親しげに話しかけているな
あえて自分から話しかけることで、疑いをもたれないようにする目的か
いや、人知れず訓練を受けている乗務員が笑顔を見せているから大丈夫に違いない
そして離陸
窓の外を眺めるラディンさんの一挙手一投足を注視しながら
僕は彼の後ろで、色々とシミュレーションをしてました
まず、ラディンさんの足下の爆発物を、座席の下から足を伸ばして遠くに蹴り
次に、背後からコートをかぶせて目隠しをして
いや、先にヘッドホンのコードを首に巻き付けてから、コートで目隠しか

それから大声で「火事だ!」いや「爆弾だ!」いや「テロだー

」と叫んで
電光石火のごとく飛びかかって、Maxで鍛えた胸筋を最大限発揮してラディンさんの左腕をこうやってねじ上げて、窓側と通路側の座席の隙間に挟み込んで関節を決めて
などとジャックバウアーになりきって妄想していると、シートベルトのサインが消え、彼はおもむろに前屈みになって何やらゴソゴソ…
い、いかん、やっぱり、爆発物や
と、身を乗り出しかけたら…
ラディンさんはデジカメを取り出して、窓から景色を撮影
ほっ

しかしまだ油断はできない
金タワシのようにチリチリにちぢれた後頭部を凝視しながら、次の動きに備える
また乗務員に話しかける
今度は機内誌の日本地図を示しながら
スッチーがにこやかに返答
「今日はあいにく、雲がかかって富士山は隠れて見えません」って
何がフジヤマ・スシ・ゲイシャだ
こんなベタな観光客っぽい会話なんて絶対にカムフラージュに違いない
狙いは日本一の大企業トヨタのある名古屋上空か、それとも日本一の神様のある伊勢神宮上空か
またまた、飲み物サービスに来た乗務員に話しかけている
今度はなんだ?
「
デコポンジュースって何ですか?」だと
スッチーはにこやかに
「おへそのようにポコンと出た形のオレンジですのよ、うふふ」って
そうじゃないだろ!デコポンってのは本名「不知火」と言って、見た目が不細工で失敗作だったのを逆にセールスポイントに…って
いかんいかん、果物屋ならではの蘊蓄雑念を追い払い、世界平和のために意識を集中しろ僕
やがて大気の状態が不安定になり、機体は激しく揺さぶられ
シートベルトのサインが点灯、乗務員も座席に
これは非常にやばい状況だ
この時を待っていたに違いない
ラディンさんは、毛布を肩までかけ、じっとして動かない
いや、そう見せかけて、実は手元だけをこっそり動かしているのかも
後ろからは見えない
座席の隙間から見ようと体を斜めにしてみる
気配に気づいたのか、ラディンが姿勢を変える
ドキッッ 目が合いそうに
ドックン、ドックン、ドックン
いかん、ここで弱気になるんじゃない
少し威嚇してやろうと、咳払いをする、エッヘーン
どうだ、ビビッたか
そして僕は、いつでも飛びかかることができるように、シートベルトの留め金に指をかけた

機体はガスの中を進み、窓の外は真っ白
ビリビリと震えるガラスの音だけが響く
それからどのくらい時間が経っただろう
真っ白だった窓の景色がパッと明るくなり、視界が開けて
青い海が見えた
ゴトン、ガガガガ〜
知ってるぞ、これは着陸に備えてタイヤが出る音だ
後少しで地上だ
もう少しがんばれ平和のために
ラディンは窓の外を見た
最終の目的地確認か
警備の甘い地方空港を標的にするのか
愛する郷土の民を犠牲にしてなるものか
絶対に阻止してやる


右手でシートベルトの留め金を半分開けつつ、ヘッドホンのコードを輪っかにして持ち


左手にはコートを広げて持って、そして中腰
キーン、ドスン
少し強い着陸時の衝撃に、僕が一瞬ひるんだその時
ラディンが動いた
来たな
ん、んーん、ふー
両手の拳を高く突き上げ、気持ち良さそうに背伸びしたラディン
機体がゲートに到着、立ち上がって彼の座席を後から覗き見てみると
前の座席の下に正しく置かれてあったバッグのポケットから見えたものは
カメラと、機内誌に載ってたデコポンのページ
わざわざ破かなくても、機内誌は持ち帰りオッケーだよん
そんなに美味しかったのね、デコポン
日曜市でブンタンも買ってね、ラディンちゃん
ウェルカムKOCHI
